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いい試みを発見したので便乗
日常に潜むグラフィックを抽出する試み
先週土曜日、伊東塾で伊東豊雄さんと対談した。U35建築家展で「僕はこれを建築と認めない」と怒られてから実に5年の歳月が過ぎ、ようやく正式にお話しできた。対談に際し、本企画のモデレーターである西牧さんと共に考え出したテーマはズバリ「怒り」。 このテーマ設定のせいか、冒頭の伊東さんの挨拶もエンジン全開。「今年は相当気合が入っているので覚悟してください」という一言から始まり、会場に緊張感が走る。その後、開発主義の手先になっている建築家への怒りを述べられ、ご招待していた藤本壮介氏にその矛先が向けられる展開に(藤本さんすまぬ)。改めて伊東さんは、現代社会や近代建築に対する批判精神を我々に問うているのだと感じた。 この若手対談企画の前日譚である『時代をつなぐ対論ー君たちは建築をどう生きるのか』(2025年11月開催)では、伊東さんが約10年毎に時代を5つに区切り、時代の変化やそれに対するレスポンスによって進化し続けるダイナミクスをプレゼンテーションされていた。このフォーマットにあやかり、僕もこれまでのキャリアを5年毎に区切り、ターニングポイントとなった出来事やそれに対する怒りを5章に分けて発表。ゾーンに入っていたため、45分ジャストでプレゼンを終える。 後半の対談では、意外にも好意的なフィードバックを頂くことができた。とりわけ、「下半身起業家、上半身建築家」としての立ち位置や、その定量的なロジックに関心を持っていただいたように思う。これから起業家的な建築家は増えるかという伊東さんからの問いには、「土地に根差した町医者的な開業医はこれからも増え続けると思うが、面的な社会変革を目指すプラットフォーマー的な建築家はまだ少数で、僕より更に下の世代によって拓かれていくだろう」と述べた。 あまりに穏やかな対話に、プロレスを期待して来た藤本さんが煽りに入る。「伊東さんが秋吉のデザインに対して素通りしているのは何故か」と投げかける。この質問に伊東さんは「『すごいだろ』って言わないところがいいよね」と、再度素通り。素通りされるのは寂しくはあれど、「そういう事じゃないんだよな」という想いは共通。いずれアウトプットでも圧倒したい。 なぜ穏やかだったかと言えば、根底に伊東さんへの共感があったからだ。改めて著作を読み返していて、いかに自分が伊東さんから影響を受けてきたかに初めて気付いた。レクチャーでも述べたが、大学入学直後に初めて聴いた講演会が「伊東豊雄×セシル・バルモンド」の対談だった。ここからコンピュテーションの可能性に目覚め、新しい幾何学の探求に没頭する。 ところがその後、震災を経て社会派へ転身。伊東さん同様に、建築で社会を変えるにはどうすればいいのかを模索してきた。その顛末が「起業」という手段だったが、一方、作り手としても影響を受けてきたように思う。『せんだいメディアテーク』から『みんなの家』を経て、『ぎふメディアコスモス』に至る過程を同時代的に見てきた。岐阜に至って遂にテクノロジーと社会性が合流し、構造と環境と社会の「三位一体モデル」の幕が開けたと思っている。とりわけ最近のスタジアムや木質14階建てのプロジェクトは、岐阜という到達点をいかに超えるかという命題への挑戦だったりする。 伊東さんとの違いを強いて挙げるとすれば、僕は都市(密空間)よりも地方(疎空間)に、行政による公共建築よりも民間による準公共建築に関心があることだ。伊東さんが地方都市の公共建築で示した建築の力を、地方郊外の民間建築で面的に実現すること。そのために僕は、公共コンペに挑むよりも、志ある旦那衆と出会うことに重きを置いてきた。 ちなみに、U35展での「僕はこれを建築と認めない」という発言の背景を、ようやく伺うことができた。その理由は、社会性があまりにないプレゼンだったから。前年の『まれびとの家』では社会性全開でプレゼンしたので、翌年の『学芸大学』では社会性抜きに形の話だけをした。それがまずかった。今回、ちゃんと社会性の部分も伝えることができたので、その誤解は解けたように思う。 最終的には「一緒にやろう」と言ってくださったので、救われた気分になった。改めて、この場を実現させてくれた西牧さんに感謝!
これは特にランドスケープを学ぶ学生はみんな買ったほうがいいと思います。風景をつくる建築を周辺の土地ごと描いた図面集。
まちの中心が空白(広場)なのってやっぱりいいよね
新天地ーーーがんばる
徳島のホール問題が炎上してるけど、隈研吾案があったことも忘れないでほしい
建築家になるためには何を学べば良いでしょうか、というご質問を頂くことが多いのですが、やはり国語が1番重要なのではないか、という気がしている 言葉の力と、言葉の先にあるものを想像する力
もうすぐ卒業!!!! 授業全て終わりました
ちょっと人より頑張れるだけ
卒業設計の在り方、よくわかっていません。 正解がわかる日は来るのだろうか?
建築の道に進んで,はじめて小中学校の社会や国語の重要さに気づいた〜 ずっと理系科目以外嫌いだったけど 多角的に見る という考え方に気づけた
卒研卒制🫨🫨🫨🫨🫨🫨
藤本壮介さんの今回の会場のデザインで秀逸なのは「大屋根リング」の設計がもちろん一番なのだけど、もう一つは高さ制限だろうと思う。よく調べていないが、「大屋根リング」よりもパビリオンが高くならないようにおそらく制限していて、だからこそ、対岸の回廊も見えて、「大屋根リング」を通して一体感が得られる。つまり「ばらばらだけどひとつ」が直観できる。 「大屋根リング」の中に入ると、高い建物がないため、目印がなく、しかも道が蛇行したり、折れ曲がったり、植栽が合間にあるため、自分がどこにいるか方向感覚がわからなくなる。まさに森に迷い込む感じになる。それはある意味で意図的で、著名なパビリオンに向かって、群衆が一挙に走るみたいなことにならないようにしている。 70年万博では雪なだれを回避するために、警備員が置かれ、走ることをブロックしていた。それをランドスケープデザインによって実施しているのだ。そのような「大屋根リング」内の森に迷い込むことも、会場の一体感を与えている。これが藤本壮介さんの大きな仕掛けだと思う。
卒業設計の方向性について考えている建築学科の四年生に送るメッセージです。 自らの建築哲学や建築家人生を振りかえる時、卒業設計はその第一歩として、ある方向を指し示す。何をしても自由だからこそ悩み、無我夢中で捻り出したものには、等身大の自分が映されるからだ。そこで現れた課題や反省に対する自問自答は、君をさらなる高みへと連れて行き、その初期衝動が建築家人生の原動力となるだろう。 逆に言うと、それくらいの気持ちで取り組んでほしいのだ。そしてプレゼンの最後は、希望や理想で締め括ってほしいのである。私たちが心を打たれるのは、たとえ拙くても、若者の堂々とした正論だ。積極的だからこそ挫折があり、挫折は人を大きくする。 最終講評に残った作品には、形態生成の論理をデータとアルゴリズムに仮託したものが多かった。僕にはそれが建築の最も面白い部分を放棄しているように感じた。そこを使う人の身体や振る舞い、気持ちを考え、私たち集団の振る舞いや記憶を吟味し、場所や自然、材料それぞれの特性や歴史を深掘りすれば、形は自ずと出てくるはずだ。形態や図面がAIによって自動生成され、建設が自動化される時代はもう間もなくだ。その時、その新しい設計主体と真っ向から戦うことができるのは、君たち未来の建築家だけだ。だから君がまず目指すべきは、人類が長い年月を経て育んできた建築の本質的価値や、人間が建築を通じて起動する「生きる喜び」ではないだろうか。空間や形は、その理想のために全身全霊で取り込み、絞り出されるべきものなのだ。 もう一つ気になったのは、設計プロセスに主眼を置きすぎたり、設計主体をずらし続けたり、全体像をあえて提示しない作品が見受けられたことだ。気持ちはわかる。消費者の声が大きくなり、民主主義的プロセスが求められて、一人の建築家が特権的に全てを決められる時代ではないと、誰かが言ったのかもしれない。 しかしそれは逃げであり、詭弁である。結論を言わずにダラダラと思考のプロセスを話し、主語をうやむやにし、責任逃れで部分的にしか答えない人間を誰が信用するだろうか。建築家とはあらゆる社会的要請に応えるために、矛盾に苦悩・葛藤しながら、全責任を負って、ひとつの形、全体を提示するものだ。そしてその建築が今を生きる人々に奉仕し、100 年以上先の世代のために存在し続けることを願うものだ。この拙速な時代にあって、建築家の幸福とは、そこにある。極論をあえて言おう。長い年月が経てば、プロセスもコンセプトも、イリュージョンなのだ。そこに屹立する建築そのものが、答えである。最近の過熱する卒業設計の全国総コンペティション化に惑わされることはない。王道の建築を目指してほしい。 (中村拓志)
「AI生成のそれっぽい作品なんかよりお前の"拙い"作品のがずっと魅力的」って綺麗事とかじゃなくて創作行為の核心に触れる何かなんだけど、それを説明すると意識の分節がどうのみたいなややこしい言葉にしかできない
大阪のこんな一等地で、芝生に寝転んで空を眺められるなんて… それだけでもう贅沢。
SNS離れしてた、なんか幸せだった,帰ってきちゃったけど
まだ10月か!1日早かった🤭
学外コンペへの時間を効率よく作りたい🌀