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先回りを手放すために。〜お節介教師から一歩成長する〜|岩瀬直樹 @gorigo71 note.com/good_daisy165/…
「子どもに成功させたい」という善意が、試行錯誤する場面を減らしてしまう。失敗しないように、スムーズに進むように、先生がやってみせ、整理し解決する。30秒待ってみよう。大抵子どもがなんとかする。先回りを手放すために。〜お節介教師から一歩成長する〜|note.com/good_daisy165/…
「包摂をめざそう」という方向性を撤回する必要はないし、すべきでもないと思う。ただ、成長すること、学ぶこと、できるようになること、世界を広げること…つまり「変わること」を促す教育という営みの中に「ありのままのあなたでいい」というコンセプトを共存させるのは決して簡単なことではない。
“ぼくは最近、「教育格差」という言葉を、別の角度から考えるようになった。 教育格差とは、子どもや学校の格差だけなのだろうか。その背後には、学校を支える教育委員会の「支援力の格差」が存在しているのではないだろうか。” @gorigo71 note.com/good_daisy165/…
出張の数も半端ない。大きな自治体は分担できるが小さな自治体は一人で負う。10人で分担できる自治体の10倍だよ10倍。
さらに、県や国から大量に届く調査や報告に対応する。学力調査の分析、いじめ・不登校の報告、各種計画の策定、補助金の申請と実績報告。ひとつひとつは必要なものかもしれない。でもそれが、一人の机の上に全部乗る。
“小規模自治体では、学校教育を担当する指導主事が実質一人ということも珍しくない。その一人が、全教科・全領域を担当する。学校を訪問し、授業を見て、助言をする。研修を企画し、講師を探し、当日は司会もやる。教職員の相談に応じる。学校のトラブルや保護者からの問い合わせにも応じる。”
日本の教育を本当に良くしたいのであれば、まず見なければならないのは、恵まれた条件の自治体ではなく、多くの小規模自治体の現実なのではないだろうか。 「小さな町の教育委員会から見える景色|岩瀬直樹 」 @gorigo71 note.com/good_daisy165/…
@shumple39 なんとありがとうございます!
退職を発表してから一年。公立学校が変わっていくことに貢献したいという気持ちはちゃんと大切にできている。何をするかよりも、何のためにするかがとても大事。今は清々しい気持ちで仕事ができています。 iwasen.hatenablog.com/entry/2026/01/…
こういう誰もが楽しめて、誰も嫌な思いをする人が出ない「おふざけ」が世の中全体に足りないような気がします。
教室でふざけてきたことを書いてみた。ある日教室のドアにすずらんテープが張り巡らされていた。 「触ると電気でしびれます! 普通に入りたい人は前のドアからどうぞ」。 いいぞいいぞ。 学校をちょっと「ふざけて」みる|岩瀬直樹 @gorigo71 note.com/good_daisy165/…
ああ、主事時代痛感した内容。こういったことを考えてくれている方がいる。仕組み化必須
指導主事だって苦しい。専門性を磨く場、学ぶ場がないまま、仕事を強いられる。力がある人が多いのにこの不幸は、個人の問題ではなく構造の問題だ。「指導主事はどこでその仕事を学ぶのか。」|岩瀬直樹 @gorigo71 note.com/good_daisy165/…
その子の世界をきくんだ。「昨日言ってたゲーム、進んだ?」「その本、どう?」「日曜の大会どうだった?」。教師の見えている外側に、その子のくらしがある。そこをきけると、先生は学校で評価される私だけを見ているのではない、という感覚が、少しずつ積み上がる。 note.com/good_daisy165/…
[指導主事は]「極めて高度な専門職だ。そしてこれは、教師という仕事とは、まったく別の専門性だ。もちろん一部は重なるし、活かせる。でも、同じではない。 しかし指導主事には、それを学ぶ機会がほとんど用意されていない。(中略) 教師教育、つまり「教師が育つことを支える」という営みの、いちばん大事な担い手が、育てられていない。この国の教育を本気で前に進めようとするなら、避けて通れないテーマだと思う。」
《公教育はまだまだ可能性がある》「学習者中心の学び」を追求してきた風越学園元校長が「過疎地域の教育長」になったワケ|岩瀬直樹 @gorigo71 note.com/good_daisy165/…
「なんで?」と聞く前に。子どもとの関係を変える、先生の「きく」スキル。 「きく」ということを徹底的に考えてみた、 |岩瀬直樹 @gorigo71 note.com/good_daisy165/…
「静かにしてー!」「聞いてー!」「はい注目ー!」これを子どもに言わない。大人に言わないでしょ。教師の話は聞くものだ、という権力構造を無視しているぞ、と図らずも吐露している。きく価値があれば、ききあう関係性があれば、そんな言葉に頼る必要はない。変わるべきは子どもではなく自分。
仲良くしなければいけない「圧」。発言しなければいけない「圧」。いつも元気でいなければいけない「圧」。先生の期待を察して答えなければいけない「圧」。教室には、善意から生まれる「圧」がたくさんある。それは先生からの無言の期待なのかもしれない。note.com/good_daisy165/…